2006年02月09日

落胆、、、、。

060209-221306.jpg

ほんとマジでショックです(T_T)。

この人は子供だったオレにとって野球の面白さを教えてくれた方で、ON去った後の巨人軍を建て直したオレにとって最高の監督でした。長島や王の采配よりこの人の采配が好きでした。誰が監督やるより巨人の監督はこの人以外有り得ないと今でも思っているくらいです。

凄い柔軟性のある監督で王引退後の巨人を投手中心の守りのチームに変え、中畑のファーストコンバートや青い稲妻こと松本を盗塁王の常連選手として世に送り込み、原を主軸打者へそして第二次政権ではその原をレフトやファーストにコンバートを、そして50番トリオを主力選手にのし上げる。投手では江川・西本の二人で毎年40勝近く稼ぎ込み抑えは角で締めくくるというリーグどころか日本一最高の投手陣を作り上げた。そして監督後期は斉藤、槙原、桑田というこれまた素晴らしい三本柱で常勝チームへ。

この人の野球には味がありました。一つの古き良き時代が終わろうとしているのか、、、?。
仰木さんといい近藤貞さんといいオレの萌えた時代の監督さんが次々とあっちに逝ってしまう事ほど辛いものはない。

今、オレの部屋にはNumberVideoの巨人×日ハムと巨人×近鉄が二巻、そして画像の本が佇んでいます。

藤田元司の心を受け継ぎつつ、合掌、、、、(T人T)
posted by ぐさーん@Pたあす at 22:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本当に残念で仕方がありません。
ON政権後のいずれも半ば死に体同然の巨人を引き受けただけでなく、すぐ日本一に導いた統率力は球団歴代最高と言えるでしょう。
長島チルドレンとも時として雷を落としながらも巧く接し、選手にやる気を促した名指揮官でもありました。
余談ですが、人づてに聞いた話ですが、キャンプでの選手管理はONとは比にならないほどに厳しかった様です。
ニトログリセリンを常に肌身離さず心臓の持病とも闘いながらの激務の実態を知った時、改めて監督業務は過酷なものだと思い知らされました。

私は巨人ファンじゃないけど、一番弟子の原さんには弔いの意味でも頑張って欲しいものです。

御冥福をお祈り致します。
Posted by 侍 at 2006年02月09日 23:15
侍さま>

第二期藤田政権の頃は片肺だったみたいでしたね。それが平成元年頃だからもう17、8年前。それを考えたらよく生き延びたのかもしれないですけど、本音言ってもう一度藤田政権が見たかったです。

是非、原には藤田野球を求めてしまう今日この頃です。

謹んで心からご冥福をお祈りいたします。
Posted by ぐさーん at 2006年02月09日 23:55
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/13047084
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック